デーンとの再会を約束した別れ≪九月五日≫ ―壱―午前9時5分、昨日の夜別なホテルで泊まった。 PKとは違ったホテルらしいホテルである。 ”GINZA”と書かれていた。 9時過ぎ、チェックアウトを済ませて、PKに戻ると、俺とは 逆コースで旅してきた日本人の若者に出会った。 その若者に、”チェンマイ~バンコック間のバスは、チケットを持っ ていても再度申し込まないと、乗れないケースがあるよ!”と言われて、取 る物も取り合えず、サイアム事務所へ走った。 サイアム事務所で、リコーフォームする。 午後からでもと、のんびり構えていたら、一日遅れていたところだっ た。 彼には感謝しなくては。 サイアム事務所で、バスシートを確保して、来る時同様輪タクに乗っ てPKハウスに戻ってきた。 戻るとすぐ、部屋に入り荷物の整理を済ませて、外にいるデーンに話 し掛けた。 俺 「デーン!世話になったけど、今日バンコックに戻 るよ!」 デーン「今日発つの!これから日本に帰るのか!」 俺 「いや、これからネパールへ行って、インド・中近 東を経由してヨーロッパに入るつもりなんだ。」 デーン「ヨーロッパ?良いなー!羨ましい・・・・私も行 きたいけど・・・。」 俺 「手紙書くよ!それにヨーロッパからの帰りに、必ず ここへ戻ってくるから・・・。」 デーン「ほんと?・・・・・・・無理しないでね。」 俺 「有り難う!デーンも元気で!」 チェックアウトを済ませて、部屋代を支払う時デーンは、父親 に内緒でいくらかまけてくれたのには驚いた。 デーン「荷物はここへ置いとくと良いわ!どうせ出発は夕方 でしょ。」 俺 「有り難う!」 今日も一段と暑さの厳しいチェンマイの街である。 * チェンマイ最後の一日を、中庭のイスに腰掛け、デーンの働き 振りを眺めながら、のんびり過ごすことにした。 ジッと時が過ぎるのを待つ。 デーンのお陰で楽しかったPKでの生活。 ここでの生活の余韻を残すように、ジッと太陽の陽射しを浴びる。 午後からは、PKりん子(リン)が俺の遊び相手。 夕暮れになるとデーンが食事の支度を始めた。 チェンマイの子供達、とりわけデーンは働き者だ。 それも楽しそうである。 台所に立っているデーンの所に行く。 俺 「Dang!Can I have a dinner?」 デーン「NO!」 笑いながら応えた。 ガッカリしてると、デーンが続けた。 デーン「これは私達家族の食事を作ってるの。何もご馳走 がないから・・・・・それでも良いなら、分けて あげるわよ!」 俺 「良い!良い!それで良いから。最高だよ!」 今夜のメニューは、大盛りライスに目玉焼き、カリフラワーと 肉の炒め物にスープである。 カリフラワーは見た目に、食欲が湧かなかったけど、はじめて口にす る。 俺 「うん!美味しい!」 デーン「そう!気に入った?」 俺 「気に入った!」 デーンと彼女の家族とこうして、夕食を共に出来るとは、チェ ンマイ最後の夜に相応しい晩餐会である。 * あたりが暗くなって、ドイツ人カップルと話をしながら、バス の迎えを待つ。 デーン「八時くらいだよ。」 俺 「いつもそうなの?」 デーン「たぶんね!」 デーンと一緒に夕涼み。 8時20分、デーンが叫んだ。 迎えのマイクロバスがきた。 荷物を肩に掛けると、デーンも一緒について来る。 デーンは黙ったままだ。 握手をするため、デーンの手を握ると、デーンが何か言った ようだったけど、 俺にははっきりとは聞き取れなかった。 マイクロバスに乗り込み、窓からデーンと向き合った。 無言でデーンは俺を見つめている。 言葉にならない別れになってしまった。 バスが動く。 手を一生懸命にふるデーンの姿が闇に中に小さくなって消えた。 俺 「デーン!また来るからね!」 小さく呟いた。 * マイクロバスは、”Siam Northan Tour”のオフィスへ向かっ た。 チェンマイの街がきた時より、美しく輝いて見える。 この街に初めてきた朝、チェンマイの街は、朝靄がかかり不気味さの 漂う街に見えた。 それが今、忘れられない街の一つになろうとしている。 悲しさと素朴さと明るさ・・・・いろんな要素が、この小さなには凝 縮されているようだ。 この街にデーンがいると言うだけで、俺はこんなにも遠い所に故郷を 持ったような思いがする。 オフィスに着いて荷物のチェックを済ませると、四十分ほど時 間があり、オフィスの前の通りにある、バザールを覗いて歩く事にした。 服から、食物から、飾り物と、いろんな物が並べられている。 メオ族とすぐわかる衣装を身につけた女達も多く見られた。 俺は土産物にしようと、服を二、三着買った。 暗い夜、別れの夜から一転現実に呼び戻す、賑やかさがここにはあ る。 俺 ”俺の目的は何だ!最終目的は何だ!俺の旅は今、始 まったばかりではないか!” そう思うと、やっと自分を取り戻せそうで、なるべく明るいバザール に溶け込んでいった。 * シートNo、9-D。 午後九時十五分、オフィス前を、バス は静かに離れて行く。 車中に明々とライトが付いているせいでか、外の様子はほとんど見え ない。 あっという間の短い間だったけど、いろんな思い出を乗せてバスは走 った。 ”もっともっと、いろんな思い出が、これからもずっと俺を待ち受け ているではないか!”そう思うと、幾分元気がでた。 そんな暗闇の中、フッ!と、初めてここを訪れ、輪タクに乗った自分 が窓ガラスを通して見えたような気がした。 それは、幽霊のように、闇の中に突然現れ、すぐに消えていった。 車内では、美しいバスガイドが二人、ケーキとコーラを運んで いる。 疲れのせいだろうか、食事の為一度バスを降りただけで、後は深い夢 の中に入って行く。 くる時の珍しさも、ガイドさんの話も、闇の中を走る景色も、全て俺 の中から消えていこうとしている。 旅になれ、旅の困難さを知り、旅の優しさも俺は知った。 これからの俺の旅は、想像もつかないほど、多くの経験をし、旅に慣 れていくことだろう。 本当の旅の中に今俺は、どっぷりと浸かっている様な気がする。 チェンマイでの出来事が、遠い昔のことであったように。 しかし、現実にこのチェンマイの街には、もう一度訪れる事に なる。 そう、デーンに逢うために! ジャンル別一覧
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